農業と福祉をつなぐ「農福連携」は、地域社会の再生や、多様な働き方の創出という観点から注目を集めています。
しかし、その一方で、理想と現実の間にはさまざまな「壁」が存在します。
このコラムでは、現場のリアルな声をもとに、農福連携が抱える課題とジレンマについて掘り下げていきます。
理想と現実のギャップ
農福連携のコンセプトは非常に魅力的です。
「人手不足の農業」と「就労機会の少ない障害者等」をつなぎ、双方にメリットをもたらすWin-Winの関係。
しかし、実際の現場では、うまくいかないケースも少なくありません。
【1】送迎・移動手段の壁
農業の現場は、都市部から離れた郊外や中山間地域にあることが多く、通所施設からのアクセスが課題になります。
具体的な問題:
- 公共交通が整っていない地域が多い
- 通所施設側で送迎車を出せない
- 長距離移動が負担になる利用者もいる
結果として、「行ける場所が限られる」という物理的な制約が、就労の幅を狭めています。
【2】天候・季節に左右される働き方
農業は自然相手の仕事であり、天候や季節による影響が大きい職種です。
この変動性が、継続的な就労支援を難しくしている側面もあります。
主な課題:
- 雨天時に作業が中止になる
- 冬季は作業量が極端に減る
- 農繁期と農閑期の差が激しく、工賃にばらつきが出る
安定的な収入を希望する利用者にとって、農業の不安定さは大きなジレンマになります。
【3】工賃が安く、生活が成り立たない
農福連携での作業は、就労継続支援B型などの形態が多く、一般就労とは異なる給与体系が用いられています。
現状の工賃の課題:
- 全国平均の月額工賃は1.6万円程度(※B型の場合)
- 農作業の成果と報酬が必ずしも連動しない
- 農業自体の収益構造が厳しく、工賃に反映しづらい
「働いても生活が変わらない」「やりがいはあるが報酬が少ない」という声が現場から上がっています。
【4】農業側の準備不足・ノウハウ不足
福祉と連携すると言っても、農業側にとっては未知の領域。
受け入れ側に十分な理解と準備がなければ、トラブルやミスマッチが生じやすくなります。
受け入れ時にありがちな課題:
- 作業指示が抽象的で分かりにくい
- 利用者の特性に応じた配慮が難しい
- 安全面への対応が不十分
また、「福祉的な視点」を持たないまま障害者を労働力として扱ってしまうと、思わぬ事故やトラブルの原因にもなります。
【5】社会的理解と地域連携の不足
農福連携の意義がまだ十分に社会に浸透しておらず、地域住民や農家、事業者の一部には偏見や誤解も残っています。
よくある認識のズレ:
- 「農業は誰にでもできる簡単な仕事」と思われている
- 「障害者に農作業は無理では?」という先入観
- 事業としてのメリットが見えにくい
地域ぐるみでの支援体制が整っていないと、単発で終わったり、事業が持続しなかったりするリスクもあります。
【まとめ】——課題を乗り越えるために
農福連携には、確かに多くの課題が存在します。
しかし、それは「可能性がない」ことを意味するのではなく、仕組みづくりと丁寧な対話が求められているということです。
今後に向けたポイント:
- 行政や中間支援団体による「つなぎ役」の強化
- 農業と福祉の双方に必要な研修や支援ツールの提供
- 成果を見える化し、地域社会に発信していく工夫
- 農作物の付加価値化による収益力向上と工賃アップ
農福連携が“本当の意味で”社会の中で根付くためには、「誰のための連携か」「何のための仕事か」を問い直しながら、一歩一歩、現実的な解決策を積み重ねていく必要があります。