2025.11.06 流通

畑から食卓までの「1本のきゅうり」の旅

仕事帰りに寄ったスーパーで、なんとなく手に取った1本のきゅうり。
価格と見た目をサッと確認して、袋に入れてカゴへ――。
その瞬間、私たちはあまり意識しませんが、そのきゅうりは、つい数十時間前まで畑で風に揺れていました。

まだ空が白み始める前の収穫作業、集荷場での選別、トラックでの移動、物流センターでの仕分け、スーパーのバックヤードでの陳列準備…。
そこには農家さんだけでなく、物流に関わる多くの人たちと、「できるだけ新鮮な状態で届けたい」という工夫が詰まっています。

今回は、1本のきゅうりを主人公に、畑から食卓までの旅をたどってみます。

夜明け前の畑で:旅は「収穫」から始まる

きゅうりは水分が多く、暑さに弱いデリケートな野菜です。
そのため、収穫のタイミングは、気温が上がる前の早朝が基本です。

まだ薄暗い時間帯、農家さんは畑へ。
ビニールハウスの中や露地の畑できゅうりの株を1本1本見て回り、

  • 長さ
  • 太さ
  • 色つや
  • 曲がり具合

などを目で確認しながら、素早くハサミで収穫していきます。

きゅうりは、ほんの数日でサイズが変わってしまうスピード野菜。
「大きくなりすぎる前に」「まだやわらかくて美味しいタイミングで」
この見極めが、まず最初の“品質管理”と言えます。

収穫されたきゅうりはコンテナやケースに入れられ、
いったん日陰や作業場に集められます。
ここから、畑を離れて本格的な旅がスタートします。

集荷場での選別:どのきゅうりがどこへ行く?

次のポイントは、集荷場(選果場)です。
農家さんが持ち込んだきゅうりがここに集まり、サイズや品質ごとに仕分けされていきます。

ここでは、こんな視点で選別されています。

  • サイズ:S・M・Lなど規格ごとの分類
  • 形:まっすぐか、曲がりが強いか
  • 見た目:傷・スレ・色むらの有無

まっすぐで見た目のきれいなものは、スーパーなどの店頭販売向け。
少し曲がっていたり、傷があったりするものは、加工用・業務用として出荷されることもあります。

この時点で「どのきゅうりが、どの行き先へ向かうのか」がほぼ決まります。
同時に、箱詰め・パレット積みしやすい形状やサイズが重視されるのも、物流ならではのポイントです。

選別後、きゅうりたちはダンボール箱や通いコンテナにきちんと並べられ、
トラックに積まれるのを待ちます。

トラックに乗って:温度との戦い

集荷場から先は、いよいよトラックでの移動です。
ここで重要になるのが「温度管理」。いわゆるコールドチェーンの出番です。

きゅうりは、冷やしすぎてもダメ、暑すぎても傷みが進む…という難しい野菜。
そのため、多くの場合、

  • 直射日光を避ける
  • 風通しを確保する
  • 必要に応じて冷蔵車で運ぶ

といった工夫がされています。

トラックの中では、箱を乱暴に積み上げると下の段が潰れてしまうため、

  • 下には重さに強い野菜や箱
  • 上にはきゅうりや葉物などのデリケートな野菜

といった“積み方の順番”も考えられています。

トラックは、産地から市場(卸売市場)や物流センターへ。
ここでまた、大量の野菜が集まり、次の行き先ごとに再び仕分けされます。

物流センター・市場での仕分け:細かいオーダーに応える現場

市場や大手スーパーの物流センターは、いわば「野菜のハブ空港」のような場所です。

産地から届いたきゅうりは、ここで

  • 店舗ごと
  • 地域ごと
  • 納品時間ごと

に細かく仕分けされます。

「この店には10ケース」「この店には冷ケースが少ないから5ケース」など、店舗の規模や売れ方に合わせて数量が調整されていくのも、この段階です。

同時に、物流センターの中では、

  • 冷蔵室で保管して温度を一定に保つ
  • なるべく滞留時間を短くし、回転を早くする
  • ピッキングミス(入れ間違い)を防ぐための仕組みを整える

といった工夫が欠かせません。

ここでの段取りが悪いと、きゅうりがセンター内で長く滞留してしまい、店頭に並ぶ頃には鮮度が落ちてしまいます。
「どうやって早く、正確に、必要な分だけ流すか」――
物流の腕の見せどころです。

スーパーのバックヤードで:最後のひと手間

トラックに乗って、各店舗のバックヤードへ届いたきゅうり。
ここからは、スーパーのスタッフがバトンを受け取ります。

バックヤードでは、

  • 箱の状態や中身の傷みがないかチェック
  • 売り場の在庫状況を見ながら、どれだけ補充するか判断
  • 必要に応じて水滴を拭いたり、並べ方を調整

といった作業が行われます。

きゅうりは、冷ケースにずらりと並べられ、価格表示や産地表示のPOPもセットされて、はじめてお客様の目の前に姿を現します。

ここまでの時点で、畑を出てから1〜2日程度というケースが多く、このスピード感が「シャキッとした食感」につながっています。

そして食卓へ:最後の主役は「買う人」

いよいよ、あなたがスーパーの売り場でそのきゅうりを手に取る瞬間。
この時点でも、鮮度に影響するポイントはいくつかあります。

  • 買い物の最後に野菜をカゴに入れて、常温に出ている時間を短くする
  • 家に帰ったらなるべく早く冷蔵庫へ入れる
  • 冷蔵庫では、乾燥しすぎないように軽く袋に入れて立てて保存する

など、私たちのちょっとした行動がきゅうりの“旅のゴールの状態”を左右します。

畑を出た瞬間から、きゅうりは少しずつ“老化”を始めます。
それをできる限りゆっくりにするために、農家さん・物流・小売・そして消費者まで多くの人がリレーのように鮮度をつないでいる、とも言えます。

おわりに:1本のきゅうりに詰まっているもの

何気なく買っている1本のきゅうり。
その裏には、

  • 収穫タイミングを見極める農家さんの目利き
  • 規格に合わせて仕分ける集荷場の現場
  • 温度管理や積み方に気を配るドライバー
  • 細かなオーダーに応える物流センター
  • 売り場を整え、鮮度を守るスーパーのスタッフ

といった、多くの仕事と工夫が詰まっています。

「最近きゅうりが少し高いな…」
そんなとき、その背景には、天候だけでなく、物流コストや人手不足といった要因が隠れているかもしれません。

次にスーパーできゅうりを手に取ったとき、ぜひ一瞬だけでいいので、「ここまで来るのに、いろんな人が動いてくれたんだな」と思い出してみてください。

きっといつものサラダや漬物が、少しだけ違って見えてくるはずです。